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(このインタビューは、2003年7月15日のモセシ・カビカ戦の前に行われたものです。)
高橋良輔さんは、「事実上日本最強のヘビー級ボクサー」とのことですが、「事実上」というのは、どういう意味ですか? |
| 日本で行われるすべてのプロボクシングの試合は、日本ボクシングコミッション(JBC)の統括のもとで行われます。
JBCのルールには一番軽いミニマム級(47.6キロ以下)から最重量のヘビー級(86.1キロ以上)まで17のクラスがありますが、実際には「ヘビー級」のランクもチャンピオンも存在しません。だから「事実上」なんです。 |
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どうしてヘビー級がないのですか?
日本人のヘビー級ボクサーが少ないからでしょうね。いま現役活動中のヘビー級ボクサーは数人ではないでしょうか。私としては、JBCに「ヘビー級」を作って欲しいと願っています。
そうすれば日本のヘビー級チャンプをめざすボクサーが数多く出てくると思います。
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それで東洋太平洋ヘビー級チャンピオンをめざすわけですね?
と言うより、WBC世界ヘビー級のランク入りをめざしたいです。東洋太平洋ヘビー級チャンプはそのステップです。今回の対戦相手、モセシ・カビカはフィジー在住でランキング8位。
勝てば日本人として史上初めての東洋太平洋ヘビー級ランカーが誕生します。
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今年4月に後楽園で開催された東洋太平洋ヘビー級タイトルマッチのオケロ・ピーター対コリン・ウィルソンの試合を見ましたが、二人とも巨大で、すごい迫力。怖くないですか?
怖くないです。恐怖心を持ったら負けでしょうね。ヘビー級は86.1キロ以上無制限で、130キロ以上の外人ボクサーはいくらでもいます。私は身長が183センチ、
体重は90キロから100キロの間。30〜40キロの体重差はパンチの重力にするとものすごい。差は爆発的なスピードと多彩なコンビネーションで補います。
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高橋さんは現在30歳。下北沢のエグザスのコーチをしながら、プロボクサーとしての活動をつづけています。ボクサーになろうとしたきっかけは?
私は東京生まれですが、父の仕事の関係で、アメリカの中学を卒業しました。日本で大学受験に2度失敗した20歳の時、
マイク・タイソンの特集をテレビで見て、「俺にはこれしかない」と考え東京・四谷にあった帝拳ジムに入門しました。しかし板前修行のアルバイトの方にのめり込んでしまって脱落。
3年後にボクシングが恋しくなって相模原ヨネクラジムに入門しましたが、ここも1ヶ月しか続きませんでした。根性がなかったし、酒もたばこも止められなかった。金子ジムは3度目の正直。24歳の時でした。
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1999年4月、26歳のデビュー戦以来4年で11勝3敗、6KO勝。何が変わったのですか?
ひとつには下北沢のエグザスにコーチとして勤めることにより、規則正しく練習の時間がとれるようになったこと。そしてエグザス会員の皆様、同僚、弟をはじめとする家族からの暖かい、
強烈な応援に支えられていることです。これは本当に心の支えです。もちろん金子ボクシングジムには力を入れてもらっており、感謝しています。みなさんに何とか恩返しをしたいです。 |
印象に残った試合は?
竹原真敬選手との1ラウンドKO勝ち。後楽園ホールをゆさぶるほどの観客の興奮の波動を身に受けて、足ががくがく震えました。「リョースケ、つまんねえぞ!」というヤジが甘美でした。
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今後の課題とか、困ったことは?
相応な力を持ったスパーリング・パートナーが国内に少ないことです。だから米国に行って練習したりします。伊達や酔狂の海外練習ではありません。
経費も大変です。でも、こればかりは仕方がありません。この5月、ロサンゼルス・ダウンタウンのLAボクシングクラブで、一週間、みっちり練習をしました。詳しくは「近況」をご覧ください。
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7月15日、勝利を祈っています。
ありがとうございます。頑張ります。 |
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